南京大虐殺について(其の三)
現在中国では、「南京大虐殺記念館」という施設を数箇所に開設し将来的には数十箇所に増設するという事です。そこで様々な日本人による中国人への虐殺行為を蝋人形や写真・文章で展示しているのですが・・・その検証は専門家・個人へお任せしたいと思います。
ただそこで「日本人が女性を強姦した後、太腿の肉を削ぎ水餃子にして食べた」という記述に関しては、これは誤りだと思っています。日本で一般的に餃子を食べる習慣ができたのは、昭和30年代~40年代にかけてです。それも「焼餃子」がブームを巻き起こしたので、水餃子は当時の日本人は好きではなかったんですね。理由は簡単です・・・水餃子は御飯のおかずにはならないからです。現在の日本の食文化も基本的に御飯に合うおかずが好まれます。
当時「水餃子」を好んで食べていた日本人は、かなりの食通という事になります。もしくは現地の中国人と友好関係にあった人ということになります。くどいようですが戦時中の日本で餃子を食べた人はほとんどいません。祖父が満州の良き思い出として「餃子とジャジャ麺」の店を昭和26年に開いたとき、水餃子は一口しか食べてもらえず苦労したと聞いています。「焼餃子」が日本で生まれなければ現在の日本でこれだけの「餃子屋」さんは出来てなかったと思います。「ワンタン」ぐらいの食材だったのではないでしょうか?
祖父が今生きていたらこう言うと思います・・・「当時の日本兵が水餃子なんか食うわけないやろ?知らんのやし・・・もし知ってたら造り方とか仲良かった中国人から教えてもらってるんやから・・・そんな酷い事ようせんよ」
また生前・・・「日本は軍国主義で武士の情けみたいな考え方をもあったし、軍人であることに誇りを持ってたから非道な行為は罰せられていたはずや」と・・・「戦争は二度と起こしてはいかんのや、お前は日本人やけど南京町(中国人)の人と仲良くせなあかんねんぞ」と言い残し89歳で初代頃末 芳夫は永眠しました。
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