ぎょうざ屋の独り言

2007年11月 7日 (水)

南京大虐殺について(其の三)

現在中国では、「南京大虐殺記念館」という施設を数箇所に開設し将来的には数十箇所に増設するという事です。そこで様々な日本人による中国人への虐殺行為を蝋人形や写真・文章で展示しているのですが・・・その検証は専門家・個人へお任せしたいと思います。

ただそこで「日本人が女性を強姦した後、太腿の肉を削ぎ水餃子にして食べた」という記述に関しては、これは誤りだと思っています。日本で一般的に餃子を食べる習慣ができたのは、昭和30年代~40年代にかけてです。それも「焼餃子」がブームを巻き起こしたので、水餃子は当時の日本人は好きではなかったんですね。理由は簡単です・・・水餃子は御飯のおかずにはならないからです。現在の日本の食文化も基本的に御飯に合うおかずが好まれます。

当時「水餃子」を好んで食べていた日本人は、かなりの食通という事になります。もしくは現地の中国人と友好関係にあった人ということになります。くどいようですが戦時中の日本で餃子を食べた人はほとんどいません。祖父が満州の良き思い出として「餃子とジャジャ麺」の店を昭和26年に開いたとき、水餃子は一口しか食べてもらえず苦労したと聞いています。「焼餃子」が日本で生まれなければ現在の日本でこれだけの「餃子屋」さんは出来てなかったと思います。「ワンタン」ぐらいの食材だったのではないでしょうか?

祖父が今生きていたらこう言うと思います・・・「当時の日本兵が水餃子なんか食うわけないやろ?知らんのやし・・・もし知ってたら造り方とか仲良かった中国人から教えてもらってるんやから・・・そんな酷い事ようせんよ」

また生前・・・「日本は軍国主義で武士の情けみたいな考え方をもあったし、軍人であることに誇りを持ってたから非道な行為は罰せられていたはずや」と・・・「戦争は二度と起こしてはいかんのや、お前は日本人やけど南京町(中国人)の人と仲良くせなあかんねんぞ」と言い残し89歳で初代頃末 芳夫は永眠しました。

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南京大虐殺について(其の二)

祖父からの伝え聞きですが・・・戦時中は、日本は軍国主義であり中国にも侵略を進め、おまけに「満州国」という治外法権的な特区を設けていた事から、中国人に対する差別的な言動や行動はあったというのは事実です。

軍人の中の一部の悪い人は、残虐な行為をし・・・それを自慢気に話す人もいたようです。戦争自体が殺し合いなのですが、武器を持たぬ人(女・子供・老人)を殺す事は残虐な行為であると思います。それが南京大虐殺と言われているのですが・・・祖父から聞いた話では極一部の事であり、何十万という単位ではないはずだと話していました。

悪い奴もいたけど、ほとんどの日本人はそんな事はしていない・・・もし?何十万という中国人を虐殺していたら引揚者は誰も帰っては来れなかった筈だと・・・・祖父は引き揚げる時に、現地の中国人に手助けをしてもらい感謝していると話していました。

終戦と同時に日本人を襲ってきたのが、ソ連(ロシア)だったと・・・・これは五木寛之が50年の沈黙を経て書いた著書「運命の足跡」にありますので、御興味のある方は御読みください。祖父は亡くなるまでロシア人を嫌っていました・・・・。

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2007年11月 3日 (土)

南京大虐殺について(其の一)

「南京大虐殺」について、先日トラックバックはありましたので書いてみようと思います。

南京大虐殺は、戦時中(第二次大戦)の日本兵の侵略に伴う虐殺行為なのですが、その数は数十人~数千人~数十万人ともいわれています。100年も経っていないことなのに・・・数が定かでない事、発表する人によって違う事、また年々増加していること等から論争を巻き起こしています。それに伴い、虐殺内容もエスカレートしていっています。トラックバックにもありました証拠写真も捏造ではないか?という声もあります。歴史的検証は国の問題でもありますし、学者の考えることですから、あくまで私個人の独り言を書いていきます。

祖父が、岡山県から満州(大連)へとビジネスチャンスを求め渡り生活し、山東省にも居住していたことから、また現在「神戸 南京町」で私が生活していることもあって思うところは色々ありますので数回に分けて書くつももりですが・・・ただ一つ結論を申しますと・・・

人種に関わらず、人には善人と悪人がいるということです。それは個人の心の中にもあるということです。現在でもスーダンのダルフールで虐殺が行われています。民族浄化という名の下に正義を振りかざし侵略していく・・・戦争はお互いが正義を振りかざし侵略していきます。悪人はそこで残虐な行為をしますが・・・自分は悪いとは思ってないのです。そして悪人は自分の正当性を示す為に多くの嘘をついていきます。終戦前後・・・多くの日本人も虐殺されました。

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2007年9月12日 (水)

9・11

9・11テロから6年が経ちました。あの日、GOLDGYMというボディビルジムのTVモニターで私は観ていました・・・最初は映画の予告編だと思いました。NYに高校時代からの友人が仕事をしていることもあって、テロだと知った時は愕然としました。幸い友人は無事だったのですが、彼も知人達も職を失ってしまい、治安も悪化し自宅アパートの玄関に、二次災害を防ぐ為にアメリカ国旗を掲げていました。(友人も知人も日本人ですが・・・安全のためアメリカへの愛国心を示す必要がありました)

JOHN LENNONが好きで、店内には2枚の絵を飾っています。IMAGINEという歌詞は、私が年を重ねる事に深い意味を教えてくれます。先日、ダルフールの虐殺を救うためにCDSAVE DARFURがリリースされました。その中でオノ・ヨーコさんがIMAGINEの歌詞の引用で、こんなメッセージを書いています。

「すべての人が平和に暮らしていることを想像してください。夢だけで終わらせるには美しすぎる光景です。」

今日のBLOGは、餃子屋の独り言です。

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